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〜かすみさんの徒然日記〜

いよいよ行楽の秋到来♪
武田尾
第4回目の遠足は、武田尾の廃線跡をウォーキングします。
今回は、フラットな道で距離も短いとのことなので、軽装で挑みます。
JR宝塚線の武田尾駅から生瀬駅の二区間を歩きますが、景色が綺麗だというので、今回は逆からの生瀬駅から武田尾駅まで歩きます。
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生瀬駅から右の方向に歩きます。
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もしかしてこの辺も廃線跡かな?
という景色を横目にしばらく歩いて行くと、田んぼの方に降りる道があり、廃線跡コースに到着できます。
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今年は暖かい日が続いていたので、12月の今、とても紅葉がキレイでした。
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こんな注意書きも。
自己責任で挑みます。

枕木の上を歩いて行くと、早速の絶景ポイント!
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テンションが上がります。
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トンネルもありました。
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廃線跡なので、もちろん電灯もありません。
懐中電灯を点し歩いて行きます。
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リアルタモリ倶楽部みたいwww
でも関西ではタモリ倶楽部の認知度が低いので、キョトンとした顔をされるのでした^^;
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趣深い鉄橋!
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残念ながら、柵に囲われていたので横を通って進みます。
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河原に降りてご飯を食べる予定だったのですが、河原に降りる場所がなかったので、線路跡の脇で遅めのランチ☆
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いよいよ廃線跡コースも終わりです。
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枕木や砂利の上をずっと歩いていたので、普通の道よりは疲れたみたいです。
でも、余裕のある心地よい疲れでした(^o^)/
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生瀬駅からは、散々警告文が貼ってあったのに、武田尾駅からはハイキングコースと堂々と表記されてて笑えました。
武田尾駅到着。
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今回のコースは、距離も短いし平坦でそんなに疲れないからお子様でも楽しめそうです(^o^)/
ご家族でのお出掛けにオススメ!
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| かすみ | 兵庫観光 | 00:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
姫路城 〜千姫物語〜
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姫路城の西の丸にある百間廊下。
300mもある廊下は倉庫(櫓)だったり、通路&部屋だったりしてました。
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こちらに千姫が住んでいたこともあり、姫路城では千姫めっちゃ推してました!
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パワースポットらしいです!
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多分角度的に合ってると思うんだけど・・・・・・
これですと言われても、実際見ると・・・
え・・・?どの山ですか・・・?
なんか3つくらい見えますけど・・・・・・といつも思います。

ダ「千姫〜!?誰だよ、それ・・・(-"-;)」
というあなたのために私が千姫をウィキペディアの情報とたっぷりの妄想を踏まえて紹介します。

_____________________

千姫が生まれたのは、1597年。
父は徳川家康の息子で跡取りとなる秀忠(18)、母はあの浅井三姉妹の末っ子、江(24)。
戦国時代末期という激動の時代だった。
千姫が生まれた翌年、天下を治めていた豊臣秀吉(61)が亡くなり、再び暗雲が立ち込めていた。
俄然張り切る家康(56)!!
「秀頼さん(5)が大きくなるまで、サポートしてあげます♪」
1600年 家康(59)は関ヶ原の戦いに勝利。
徐々に実権を握っていく。
豊臣家と徳川家は険悪な状態になっていった。

1603年 そんな中、両家を仲良くさせるために行われたのが千姫(7)と従兄でもある秀頼(11)との結婚だ。
そう、千姫の母・江(30)と秀頼の母・淀(35)は姉妹だったのだ。
しかし、家康(61)は征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開く。
これで家康は秀頼よりも立場が上みたいな感じになっていく。
1605年 家康(63)は将軍を引退。秀忠(26)に将軍職を譲る。
これで徳川家の権力は盤石なものに。
怒り狂う淀(37)。
「このままでは豊臣家が危ないわ!
豊臣家安泰の為にも跡継ぎを作らなきゃ!!」
焦った淀は、秀頼に次々と側室を用意しまくった。
千姫(9〜10?)も「自分も産みたい!!」とアピールしたが、敢え無く却下される。
「やかましい!!あんたは勉強でもしてなさい!!!」
これで嫁姑関係が悪かったとされる説があるんですが、私は淀さん賢明な処置をされたと思っています。
1608年 秀頼(16)と側室の間に待望の男児・国松が生まれる。
「秀頼様、ごめんなさい。私が子供を産めないばかりに・・・」落ち込む千姫。
そりゃそうだよ、まだ12歳だもん(T_T)
1609年 秀頼(17)の第二子の女の子(幼名不明)が生まれる。
二人の子供は、安全のため密かに育てられていた。
1611年 家康(70)と秀頼(19)がついに対談をする。
淀(43)の教育の成果もあり、秀頼はとても優秀な青年に育っていた。
焦る家康。
「やばい・・・こいつは秀忠(32)より賢いぞ・・・
俺が生きてるうちに潰しとかないと、まずいな・・・」

1614年 家康(73)は豊臣家にいちゃもんつけて、無理やり戦争を仕掛ける。
大坂冬の陣である。
冬の陣はなんだかんだで和解で終結。
間に入って交渉したのは、淀(46)と江(41)の姉妹でもある初(44)だった。
その時に、秀頼(22)の子供たちを大坂城に入城させたと言われている。
1615年 家康(74)は再び豊臣を攻める。大坂夏の陣である。
次々と打ち込まれてくる砲丸。
大坂城は炎に包まれた。
淀(47)や秀頼(23)は死ぬ準備を始める。
一方、千姫(19)は徳川の血を引く貴重な姫君なので、助け出されようとしていた。
家康は「千姫を助けたものには、千姫を嫁にやるぞ!」と騒いでいた。
「私も共に死にます!」と、千姫は覚悟を決める。
しかし、淀はそれを却下。
「みすみす死ぬ必要はないわ。
 助かるんだったら、生きていきなさい」
千姫もそこはなかなか譲らなかった。
「では、秀頼の命を助けてと、あなたのおじい様に頼んでみてくれないかしら」
「お義母さまは・・・」
「私は良いのよ、あんなやつに頭下げるくらいなら死んだ方が全然マシだから!」
千姫は決死の思いで大坂城を脱出する。

徳川方で千姫を救いに来たのは坂崎直盛(52)というおっさんだった。
「うわ!!千姫めっちゃかわいいじゃん!!
ラッキー!こんな女と結婚できるなんて♪」
千姫は必死に家康に訴える。
「おじい様、お願いです、秀頼様を助けてください!!」
「うーん、おじいちゃんに言われてもなぁ〜
 今、一番偉いのはお父さんだから、お父さんに頼んでごらん?」
家康がはぐらかしている間に大阪城は燃え落ち、淀や秀頼そして側室たちは切腹してしまった。
千姫は泣き崩れた。
自分は結局何もできなかった・・・。
子供はできなかったが秀頼のことが大好きだった。

そこに空気を読めない坂崎は千姫や家康に猛アピール!
「助けたら嫁にくれるって言いましたよね!?」
こいつこそ、死ねばいいのに・・・!!と千姫は思ったに違いない。
千姫は「こんな顔の人はイヤです」と断ったという。
坂崎は燃え盛る炎で顔に火傷を負って、すっごい顔になっていたという。
誰のせいでこんな顔になったと思ってるんだ・・・!!?
坂崎は怒りを鎮めるのに必死だった。
きっと一番の理由は空気が読めなかったからで、イライラした千姫は一番言われたくない言葉で断ったんだろうと私は思う。

夏の陣が終わると、豊臣家の残党狩りが行われた。
国松(7)も見つかって捕まり、処刑された。
国松の妹(6)の命を救ったのが千姫だ。
「この子を殺すんだったら、私も死んでやる!!」
千姫は女の子(後の天秀尼)を養子とした。
きっとこの少女を救い守ることで千姫も生きる意味を見出せたのではないだろうか。
千姫はすぐに江戸城に護送された。
道中、警護してくれていた本多忠刻(20)との会話は癒しのひと時だった。

江戸に戻ると、すぐに千姫の再婚相手探しが始まった。
「秀頼様を亡くしてこんなに辛い時に再婚なんて考えられない!
 みんな信じられないわ!」
説得する江(42)。
「お母さんもね、夫を亡くしたことがあるから辛さはよく分かるわ。
 でも今は秀忠様と再婚できて幸せよ。
 悲しみを乗り越えて、穏やかで幸せな生活を送って欲しいの」
迷走する家康。
「なぁ、坂崎くん。
 うちの千姫に良い相手誰か見つけてきてくれんかのう」
何で振られた相手に縁談を・・・!?
神経を逆撫でされながらも、相手を探す坂崎。
そして公家との縁談を何とかセッティングするまで話を進めていた。
一方・・・。
「ねぇ、おじいちゃん。
 千姫さ、うちの子の嫁にもらってもいい?」
そう言ったのは、熊姫(38)。
熊姫は、松平信康の娘で、家康と織田信長の孫にあたる。
つまり千姫とはいとこ同士に当たる。
信康はかつて信長に対して謀反を企てたと疑われ、切腹している。
「私も苦労したから、あの子見てると他人事とは思えないのよ。
よその家に出すくらいだったら、身内で穏やかに仲良く暮らしていく方が良いと思うの」
「そうだなぁ、そうしよう!」
家康は熊姫の提案に賛成した。
「もしかしたら、顔くらい知っているかもなぁ」
熊姫の息子は、本多忠刻。
大坂城から江戸まで千姫を護衛したイケメンだ。
あの人となら・・・。
千姫もOKした。

「という訳で、あの話、なしね!
 悪いね、坂崎くん!」
家康に言われた坂崎。
「!!!」
頑張って千姫のために奔走していた坂崎の怒りは収まらない。
あの女〜〜〜!!!
一度ならず二度までも俺の顔に泥を塗りやがって・・・!!!
ふざけんじゃないぞ!!!!!
千姫が本多家が住まう姫路城に行く道中、坂崎は千姫を誘拐しようと企てるが、敢え無く失敗。
すぐに死罪となった・・・。
坂崎さん・・・何だかかわいそう・・・(T_T)

1616年 豊臣家を滅ぼした家康じいさん(75)は亡くなった。
あれだけ健康に気を付けていたのに、天ぷらにあたったという・・・。
千姫(20)は本多忠刻(21)と再婚した。
忠刻は優しく良い男で、姑の熊姫も優しい良いお義母さんだった。

姫路での生活は穏やかで幸せなものだった。
1618年 二人の間に勝姫が生まれる。
1619年 跡継ぎとなる幸千代が生まれる。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
1621年 幸千代(3)が亡くなってしまったのだ。
千姫はその後何度か妊娠はするもののみんな流産してしまった。
不幸が続くのは、秀頼の呪いだという。
千姫は淀と秀頼を供養し、また住んでいた西の丸から見える男山に天満宮を建て、毎日毎日本多家繁栄を祈り続けた。
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しかし、そんな祈りも虚しく
1626年 千姫が30歳の時、生母の江(54)、姑の熊姫(49)、そして最愛の夫忠刻(31)が亡くなった。

その後千姫は江戸に戻り、出家して40年竹橋で暮らした。
二人の亡くなった夫や子供を想いながら。
弟の家光が3代将軍になったことで、千姫の地位は絶対的なものとなっていた。
徳川の威光をフル活用して、千姫は養女の天秀尼をサポートしたり、娘や孫を力いっぱい守り抜いた。
養女の天秀尼が住職を務めたのは駆け込み寺としてたくさんの弱い女性を救うことになった東慶寺だ。
千姫のサポートのおかげで助かった女性は数多いと思う。
そんな千姫、「人生で一番幸せだったのは姫路にいた時だった」と言われている。
_____________________

千姫に思いを馳せて、男山に向かいます。
山の上には男山天満宮。
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こちらの天満宮から観た姫路城。
天守閣もキレイに見えますが
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千姫様がいた西の丸百間櫓もはっきりと見えます。
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そして少し降りた場所に千姫天満宮があります。
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沢山の女性の幸せを願ってくれた千姫。
今でも多くの女性の心の支えとなっている。
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皆様も姫路に行かれた際にはぜひ行ってみてくださいね!
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| かすみ | 兵庫観光 | 00:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
姫路城 〜天守閣〜
先週、姫路に行ってきた。
大阪駅から一時間ちょっと。
在来線で行くと、そこそこ時間がかかります。
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姫路に来るのは、二回目。
初めて行ったのは2年前の夏で、天守閣はビルにしっかり囲われていました。
その時の記事は、こちら
それはそれで、間近で貴重なものを観れたので楽しいものでした。
そして今回は、リニューアルOPENした姫路城を観て参りました。
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この日は、天気も良く絶好の行楽日和。
青空に白鷺のような美しい天守閣が映えます!!!
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姫路城ができたのは、1333年というから随分昔の話。
黒田家が姫路を任されたのはそれから200年ほど後のことだ。
黒田官兵衛さんが住んでいた頃は、姫路城は小さな田舎の城の一つに過ぎなかった。
1580年秀吉の中国攻めに協力した官兵衛は姫路城を秀吉に譲る。
それで秀吉が姫路城を立派に建て替えたのもあり、姫路城は大きなすごい城と位置づけられるようになった。
姫路城がこのような美しい城になったのは、関ヶ原の戦いの後だ。
東軍で武功をあげた池田輝政さんが姫路に入ることとなる。
池田さんは家康の娘の督姫と結婚したのもあって、そりゃぁもう姫路城を超立派なものに作り替えたのでした。
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↑こちらは西の丸の百間廊下。
一間=3mくらいなので、300mくらいあるんでしょうか?
普通に塀だと思っていたら、櫓&女性たちのお住まいでした。
中も入れます。
池田家が人事異動で別の場所に行ってしまった後、
姫路に来たのは本多家。
そこに嫁いできた千姫が住んでいたということもあって、今、姫路城はめっちゃ千姫推し!!!
千姫については次の日記でガッツリ書こうと思います。
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下から見ると、天守閣はすっごく大きい。
6階建てなんですよ、実は。
すっごい急な階段を頑張って登ります。
城の階段って急だけど、四つん這いになるように上がると登りやすいよね。
昔の人は今よりも動きにくそうな服を着ていたわけだし、這うようにしてたんだろうなぁ。
でも、降りるときはどうしてたんだろう。
頭をぶつけそうになりながら私は思う。
それにしても、城巡りは体力を使う。
足が悪いお年寄りの方にはだいぶ酷な作りだと思う。
でも、バリアフリーの工事とかしたらさ、遺産が台無しだし、難しいところよね。
いろんな城をこれからも観るためには、頑張って体を健康に保たねば。
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「白過ぎ城」なんて揶揄されていますが、この白さこそが本来のものだとか。
雨や汚れ、カビなどで3年くらいで黒ずんでくるそうです。
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きっと、こんな風に。
真っ白の大天守閣、観るなら絶対早い方が良いと思いますo(゚▽゚o)

<つづく>
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| かすみ | 兵庫観光 | 00:16 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
神戸ルミナリエ2013
 お久しぶりです。
12月はイベントやら遊びに行く機会が多く、楽しく過ごしています。
さて、おとといはルミナリエが最終日だったので観に行ってきました〜☆

寒波が来ている中、フル装備をしてのお出かけです。
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神戸の街はおしゃれな建物も多く、なんだかわくわくします。
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ケーキ屋さんが軒を連ねており、近々また来なくては・・・いや、通わなくては・・・!!
と決心させてくれます(危)。
駅の周辺をぐるぐると歩かされることおよそ20分、ようやく会場に到着です。
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光でできた門が連なって美しい〜(*゚▽゚ノノ゙☆
混雑はしていたけれど、平日だったのでそこそこ道にゆとりもあって歩きやすかったです。
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下から見ると、こんな感じ♪
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そして、終点。
あちこちで肉まんやら餃子やら売っていて、良いにおいがたまりません!

光のトンネルを抜けると、
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これまた光でできた大聖堂が!?
BGMはit's a small worldって感じ^^
中に入ると
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一番奥は、募金箱でした。
ちょっと、神社チックw
ちなみに上は、こんな感じww
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しっかり支えてくれてます!!

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歩道もライトアップされててきれいでした。
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こちらの門を潜り抜けると、ルミナリエ終了。
近くに市役所があって噂の花時計も見てきました。
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歩きながらだったので・・・・・ブレブレですが・・・まぁ・・・(^_^;)
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| かすみ | 兵庫観光 | 18:11 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
夏の甲子園
 妹が東京に帰る日は、偶然にも私たち夫婦も仕事がなく、3人で出かけられる日でした。
折角だし、甲子園に行って高校野球を観に行くことにした。

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この日も見事な晴天!!

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風もなくじりじりと暑い日でしたが、あの甲子園で高校野球が観れると思うとちょっと興奮気味。

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この日は、第二試合の宇部鴻城VS佐世保実業を観戦。
(何度も言いますが、このブログはリアルタイムではありません)
無料席はなさそうだったので、3塁側で観戦です。
無料席とかは、おそらく第一試合からずっと観戦しているんでしょうね。
そう考えると第三試合目はもっと席が取りづらいんだろうなぁ。
有料席も、日影になる後ろ側の席はもう満席。
ぎりぎり日影の席をGETするも、日が昇るにつれ日光直撃の場所となりました。

暑い中、かちわりやかき氷などを食べて涼を取る。

プロ野球と違って高校野球って一回負けたら取り返しがつかない。
だからこそ、みんな一球一球を大切に真剣に頑張っていた。
佐世保実業は、結構点を開かれて9回裏まで来た。
私なんかは、もう負けたなって思った。
でも、選手たちは最後の最後までさよならを狙ってた。
最後まであきらめない。
一生懸命力を出し切る。
シンプルだけど大切で、なかなかできなくなってくること。
観に行って良かったなぁ。

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| かすみ | 兵庫観光 | 17:47 | comments(0) | - | - | - |

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